Archive for 2007/5/24 木曜日
赤ちゃんポスト 再び
運用開始からわずか3時間、それも父に連れられた3歳児。
なんともやるせない気持ちです。
元々私は設置反対派でしたが、この問題は賛成者も反対者も基本的に同じ考えを持っているという特殊性があります。
賛成者も反対者も「子供を守る」という同じ目的を真剣に考えた結果、相反する結論に達したという感があります。
ですから、賛成派・反対派それぞれが「100%賛成(反対)という訳ではない」と考え、互いに一定の理解を示しているのでしょう。
そんな中で、最悪と言える事態が起こりました。
言葉も自分の名前も、父親の名前もしゃべることのできる3歳児の捨て子。これをどう考えたらよいのか・・・
ところで、各報道機関が報じ、識者と言われる方のコメントを読んでいると、つっこまずにはおれなくなり、ここで書きたいと思います。
読売オンライン九州発より
阪本恭子・ノートルダム清心女子大講師(哲学・生命倫理)
「捨てるつもりなら、人里離れた場所に置き去りにするはずで、単純に『捨て子』ととらえるべきではない。・・・」
この人は一体何を言ってるのか理解に苦しみます。「捨てるつもり」ではなく、「死なせるつもり」なら人里離れた云々はわかりますが。この人にとっては「捨てる」=「死なせる」であって、「生きていて欲しい」と願い置き去りにするのは「捨てるにあらず」と言うことなんでしょうか。
同じく読売オンライン九州発より
山口市の児童養護施設「山口育児院」の元施設長片山弘基さん
「親を責める声ばかりが強まれば、男児が自己否定に追い込まれてしまう。・・・」
これはその通りだと思います。しかしそれでも「男児の人権」ばかりに目をむけ、他に目を瞑ることは許されません。もともと世論を二分するような事を一地方自治体の判断にゆだね、見切り発車もよいところに起きた最悪の事態。ここで議論をしなければ、永久に議論などできないでしょう。
今回、3歳児を捨てた父に対して「犯罪としない」取扱いにするようです。
これは、「犯罪にしないから、引取りに来い」という意思表示だろうと推測します。『生死に関わらない場所への捨て子は犯罪にならない』と判断されたのだとしたら由々しき問題ですけれど。
この件で病院側は「子供の人権に配慮する」形で、ほとんどノーコメント状態です。配慮するのは当然ですが、必要なところは公開し、より深い議論を進める必要を感じます。
(興味本位のマスコミ等により子供の権利が・・・は説得力がありますので、あまり強くは言えませんが)