Archive for 3月, 2007
中西悠子メダル獲得なるか
開催中の世界水泳メルボルン大会、200mバタフライ女子で中西悠子選手が決勝進出を果たしました。
日本記録保持者であり、アテネ五輪の同種目銅メダリスト。今夜、決勝戦が行われます。
なぜ、中西選手をこのブログで取り上げたか・・・
そう、彼女の所属は枚方スイミングスクール(枚方SS)。 地元の選手なのです。
余談ですが、うちの息子も枚方SSに通っています。(スイムキャップに中西選手の直筆サインあり)
オリンピックの威力か、結構遠くから通っている子供もいるようです。
枚方SSは、実力主義というか毎月進級試験があり、どんどん上のクラスに進むという方式をとっています。
また、水泳の中では最初に背泳ぎから教えているみたいですが、よそのスイミングスクールも一緒でしょうか?
スポーツつながりで、高校ラグビーについて少し。
今年の優勝校・東海大付属仰星高校や、一昨年まで大会4連覇の偉業を達成した啓光学園はともに枚方の高校です。
なお啓光学園は当事務所と同じ町内でもあります。
すごく私的なことですが、啓光学園は高校入試を受けた学校でもあり、また、対啓光学園の試合経験もあるので、私にとって思い入れの強い学校です。
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さあ、200mバタの決勝戦の時間がせまってきました。
がんばれ、中西悠子!
向井亜紀 母親と認めず・最高裁
向井亜紀の代理母問題で最高裁が母子関係を認めませんでした。
日本の司法・立法といった側面から見ると、きわめて妥当な判断であったと思います。
現行の法律に基づけば、母子関係がないことは明らかです。仮に最高裁が母子関係を認めたとなると、日本国民の総意によって決定された法律を、一部の裁判官によって覆すことができることになります。
こうなると、三権分立の意義は失われ、司法による独裁が可能となります。
少し前までは、上記のようなことは『考えすぎ、おおげさ』と一笑にふされたかもしれませんが、最近の司法の暴走ぶりをみると、あながち大げさとも言えず、今回の最高裁の判断は司法の分をわきまえた物であったと思います。
ただ、このように立法・司法などの側面から物を見すぎると、感情が置いてけぼりになります。
精子・卵子が高田・向井夫妻の物である以上、遺伝的・生物学的には実子といって差し支えありません。
そうであれば、紛れも無い事実が法律により否定されることになります。この事に不快感を示す方は多数いらっしゃるようです。
『法律はそんなに大事なのか、事実を捻じ曲げても法律を守らなければならないのか』と憤慨されている方もお見受けいたします。ネットで検索すれば、そのような意見を表明されているページはいくらでもヒットします。
しかしながら、今回の件については、最高裁を批判するまでにはいたりません。
なにより、『代理母』、『代理出産』自体がまだ日本で容認されてません。何もこれは政府や医学会での話しではなく、生身の一般国民が認めているわけではないと言うことです。
現に感情論だけ見ても、高田・向井夫妻に批判的な意見がやはりいくらでもヒットするのです。
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現行の法律では、『実の親子関係』は認められませんが、『実の親子関係』と同等の関係を築く手続はあります。
後は『法律上は実の親子関係を認めてくれない』という事実にどこまでこだわるのかです。つまり当人の心の問題にあるわけで、それを立法・司法にぶつけるのは、いささかやり過ぎではないかと、私は感じます。
東海道五十七次 ひらかた2
東海道と言えば、『五十三次』ですね。
でも、実は五十七次だったのです!?
東海道は江戸・日本橋から京都・三条大橋をつなぐ街道ですが、その間に53の宿(しゅく)がありました。
これは有名ですね。安藤広重の浮世絵も有名です。
(安藤広重、東海道五十三次と言えば、『永谷園のお茶漬け』と言う方、他にいませんか?)
しかし、この東海道は天下の台所・大坂まで延長されました。そして、江戸・大坂間で宿が57あったことから、東海道五十七次とも呼ばれます。
もっとも京都・大坂間は京街道とか大坂街道と呼ばれることもあったようで、東海道に含めるべきか否かは私にはよくわかりません。
ただ、宿には、馬◎頭、人足◎人をいつでも調達できるよう準備をしなければならないという決まりがあったようですが、東海道の宿は、他の街道(例えば中山道)の宿に比べ、多くの馬・人足が必要だったようです。そして、京都・大坂間の宿は東海道と同数の馬・人足を必要としました。
この規模から考えても、東海道の一部と言って差し支えないことは間違いなさそうです。
さて、枚方ですが、この東海道五十七次の五十六番目の宿にあたります。
宿のあった場所は、京阪電車 枚方公園駅と枚方市駅の間で、京阪沿線と淀川にはさまれています。
東海道(京街道)の名残は今も残っており、例えば浄念寺という寺の前の道はクランク状になっています。突然道が直角に折れ、20mほどでまた直角に折れます。
宿には参勤交代のため大名が陣をはることもあり、もし道が一直線だったら敵の一気呵成の攻撃に対処できないため、わざわざスピードを殺すためクランク状になっているそうです。
また、枚方宿には紀州候(徳川御三家のひとつ)が参勤交代のおり陣をはっており、その規模の大きさがうかがい知れます。
私が生まれた頃は、まだまだ昔ながらの町屋が多く残っていましたが、今は本当に少なくなりました。枚方市も保存に乗り出しているようですが、再現は難しいでしょう。
そんなことを考えつつ、今日はこの辺で。
赤ちゃんポスト
いま、話題になっている赤ちゃんポストについて。
賛否両論、真っ二つのこの制度ですが、私は否定的な考えです。
「いま、まさに死なんとする赤ちゃんの命が救われる」という賛成者の方の考えはわかるつもりです。
救える命なら救った方が良いに決まっています。
でも、この制度は命を救うという良い面しかないのでしょうか。
赤ちゃんポストができることによって、『我慢してでも育てていた』親が、『我慢しなくても良く』はならないでしょうか。
いま、一人の命を救う事によって、捨てられずに済んだ赤ちゃんまで捨てられる事になるんじゃないでしょうか。
もちろん、こんな単純な理由だけではなく、細かいところの不備もあっての反対ですが、それについては言及しません。
おそらく、赤ちゃんポストに賛成している方も、このことは心に引っかかってるんじゃないかと想像します。
賛成者の多くも手放しで賛成しているわけではないと思っています。
『今ここにある命』と『未来の子供の境遇』を天秤にかけて、どっちが重いかなんて、簡単に答えは出ないでしょう。
だからこそ、賛否が真っ二つに割れているんでしょう。
よくよく考えてみれば私が反対する理由は、自分の心のありようであり、説明にはなじみません。
赤ちゃんポスト賛成者の言う説明には、なるほど納得のいくところが多分にあります。理性では理解できますが、心はどうしても赤ちゃんポストに抗います。
このような、「どちらも正しそう」で、「どちらも問題がある」という事象では、感性にたよるほかありませんから。
枚方というところ ひらかた1
今日は私の生まれ育った枚方市をご紹介します。
まず、枚方と書いて『ひらかた』と読みます。
知らない人にはまず読めません。
なぜ、1枚、2枚の「まい」を「ひら」と読めるのか、諸説あるようですが、私が小さい頃に聞いた話を紹介します。
昔は「いちまい、にまい」と数えずに、「ひとひら、ふたひら」と数えたから、枚の字で「ひら」と読む、というものです。
そういえば、さだまさしの曲に「風花がひとひらふたひら君の髪に舞い降りて」という歌詞がありました。
ひらひらと舞い落ちる花びらを、「いちまい、にまい」と数えずに「ひとひら、ふたひら」と数えるなんて、なんとも優雅ではありませんか。
枚方は古くから歴史のある街で、万葉集、日本書紀にも記載があります。
また、今年2007年は、継体天皇即位1500年という節目の年ですが、その即位された場所がここ枚方なのです。
なお、私の事務所所在地は『枚方市禁野本町』ですが、この『禁野』とは、天皇の狩場で一般人の狩猟を禁じた場所の事です。
1500年も前に、この地で天皇が狩をしていたなんて、なかなか面白いですね。
では、今日はこの辺で。