遺体の一部を無断採取し4億円稼ぐ
遺体の一部を無断採取し4億円稼ぐ、米葬儀社などを集団提訴 | エキサイトニュース
亡くなった人の体の一部を同意なしに切断した上違法に病院に売っていたとして、遺族数百人が29日、葬儀社などを相手取って当地の裁判所に集団訴訟を起こした。
訴えられたのは、個人7人と葬儀社、取引相手の会社。このうち個人7人は、不衛生な状況で骨や皮膚、腱などを採取し、受け手の患者が病気に感染する危険を冒して病院に売ったとして、昨年9月に大陪審に起訴されている。
起訴状によると、被告は2004年2月から05年9月にかけて、ペンシルベニア州とニューヨーク州、ニュージャージー州で計1007体から組織を採取し、380万ドル(約4億円)を手にしたとされる。
訴えによると、採取した部分には葬儀などで普通に見えるようパイプなどの異物を入れてごまかしたり、献体の同意文書を偽造したりしていたという。
なんとおぞましい・・・
勝手な想像ですが、「あ~、○○万円が腐っていく!』、『もったいない!』みたいな感覚だったんじゃないでしょうか。
遺体も商品にしか見えなくなっていて・・・
普段から遺体を見慣れているからといって、死者への冒涜もはなはだしい。
と言うか、葬儀社なら遺体だけでなく悲しみにくれる家族も数え切れないほど見ているでしょうに・・
ところで、アメリカの葬儀について無知なのですが、やはり土葬が主流なんでしょうね。
火葬が一般的な日本では、鉄パイプが出てきたら一目瞭然ですから。
不心得もここに極まれり、の事件でした。
合掌
光市母子殺人 死刑判決
理由から始まって2時間あまり、ようやく判決がでました。死刑判決が。
弁護側は直ちに上告しましたので、確定まではもうしばらくかかりそうです。
この一連の流れは画期的なもので、今までの判例の相場からいえば無期懲役とした地裁・高裁判決は至極真っ当なものです。
しかし、多くの国民はこれを「間違っている、おかしい」と感じたのです。
殺人事件の量刑は「死刑・無期懲役・5年以上の懲役」です。
殺人事件の中にも「加害者に同情せずにはおれない」事件や「犯人を絶対許せない」事件がある訳です。
この事件では多くの国民が「絶対許せない事件」=「最も重い刑罰が妥当」と考えているのに対し、裁判所の判断は「これまでの基準で言えば無期懲役が相当」=「極刑は回避」としたものです。
今回の死刑判決は最高裁の差し戻しといった経緯から言っても、妥当であったと思います。
私自身はこの死刑判決で溜飲が下がったように思います。
ところで、死刑を望んでいた人にも色々なスタンスがあります。
「あんな奴は、殺せ!」といったもの、「殺人罪の中でもっとも重い刑を望む。法律上、死刑が一番重い刑罰だから、結果的に死刑を求める」というもの、それぞれです。
よくわからないのが死刑廃止論者で、やはり温度差はあるのだと思うのですがどうも見えてこない。
「死刑判決は不当だ」と思うのか、「現刑法下ではしかたがない、早いところ終身刑の創設を」と考えるのか・・・
また、今回の大弁護団を「死刑廃止に挑んだ勇者」とみるのか「獅子身中の虫」ととらえるのか。
それとも、「元少年を弁護することが正義だと思った弁護士であって、死刑廃止とは無関係」と考えているのか・・・
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このような凶悪事件が一件でも少なくなる世の中にしなければいけないと、至極当然のことを書いてとりあえずここまでにします。
「くいだおれ人形」の食堂が7月8日に閉店
「「くいだおれ人形」の食堂が7月8日に閉店へ」話題!‐話のタネニュース:イザ!
道頓堀、いや大阪のシンボル、「くいだおれ」が閉店だそうです。
私自身はあの人形が「大阪のシンボル」と言うのは、メディアによって生み出された虚構だと感じています。
しかし道頓堀であの人形が動いているのを見るとホッとするというのもまた本音でもあります。
くいだおれで食事をしたのはほんの数回しかありませんが、特別な思いいれはありません。
人形は有名ですが、人に勧めるほどの特長は感じませんでした。
念のため、不味いと言う事ではありませんよ。「旨くて当たり前」な世界ですから、格別旨い・安い・ボリューム・雰囲気など特長がなければ人に勧めませんので。
確かに今の時代には不向きのような気がします。「何でも揃う」を悪く言い換えれば「これ! といったものがない」となるでしょうか。外食するなら専門店という風には逆らえなかったのでしょう。
くいだおれは、ブランドを含めての売却も視野に入れているとの事、人形やくいだおれの名称はまだ消えると決まったわけではないようです。
なお、創業者の遺言に
- 支店を出すな
- 家族経営をせよ
- 人形を大切にせよ
があるそうです。
法律家の端くれとして、「この遺言には、法的な効力はありません」などと無粋なことを書きつつ、この辺にいたします。
日本電電広告
NTTのタウンページと誤解させて(?)、金を振り込ませるという、日本電電広告の『広告料金振込み案内書』が届きました。
一応、『当社の電話帳に掲載ください』という体裁をとっていますし、日本電電広告製の広告簿は作っているようなので詐欺とは言えないようです。
もっとも、外観的にも『NTTのタウンページと勘違いさせて送金させる』という意図がありありですから犯罪とまで行かなくても行政指導ぐらいはされてもいいように思うのですが・・・
”日本電電広告製の広告簿は作っているようなので”と書きましたが、実を言うと実物を見たことがあるんです。
とある会社で、経理が支払ってしまったんです。忘れたころにその電話帳が届きました。たしかに広告は掲載されておりました。金額的にはたいした額ではありませんが「騙された」という感情は大きかったですね。
一体この電話帳事業、収支はどのようになっているのか興味があります。
いったい何人がうっかり支払えばペイできるのでしょうか。1000人に送ってそのうち5人(0.5%)でも反応があればペイできるように思いますが、そんなにもうからないか、それとももっとボロいのか。反応率は何%ぐらいか・・・
NTTも、『この様な郵便物に注意してください』という電話をしてきますが、「わかっている人にはわかっている、わからない人にはわからない」ものなのでしょう、よくまあ続きます。
多くの事業所宛にこの案内書は、ここ数日で届くでしょうから、くれぐれ気をつけて欲しいと思います。
国歌斉唱で起立の卒業生、1人だけ 教員指示か
「国歌斉唱で起立の卒業生、1人だけ 教員指示か」話題!‐教育ニュース:イザ!
式の後、一部保護者から事態を問題視する声が寄せられ、学校側は市教委に報告。府教委によると、学校の調査に対し一部の教員は「生徒に国歌の意義について説明し、『式で歌うかどうかは自分で判断しなさい』と指導した」と話しているという。
なんか、嫌な気分ですね。第一、「自分で判断しなさい」なんて事自体ありえないように思うんですが。
「今日の2時間目は数学です。授業に出るかサボるかは自分で判断しなさい。」
「授業中、しずかにするか、おしゃべりするか自分で判断しなさい。」
「先生の言う事をきくか、反発するか、自分で判断しなさい。」
そして、生徒は一人を除き『わざわざ着席』した訳です。それって、ほんとうに生徒が判断したの?
国歌斉唱させないように、つまり『教師による国歌の強制』があったと見るのが、普通の感覚だと思います。
生徒が自主的に歌わなかったとも考える余地もわずかですがあるとは思います。私にしても初めて社会主義を知った若かりしころ、これこそ理想郷だと思っていましたから。純真で正義感が強く、不平等が絶対悪だと思っていたあのころなら、国歌なんてくそ食らえと思っていたかもしれません。
とまあ、自分の感情はこのへんにして・・・
よく問題になる内心の自由について考えてみたいと思います。
内心の自由は侵す事ができないとされています。ではその内心の自由とは何か。
それは、「心の中では何を考え何を思ってもかまわない。それにより罰せられる事はない。また何人と雖もそれを強制することはできない」というものです。
たとえば心の中で「誰々を明日殺してやる」と思っても犯罪になりません。(もっとも、超能力でもなければ相手の心の内は知りえませんが)
しかし口に出すとそれはもう「内心」ではありません。「誰々を明日殺す」と言えば脅迫罪です。
昨今の報道を見るにつけ、「内心の自由」がどんどん肥大化しているように感じます。
IZAの記事にも、
瀬戸和夫校長は「事前に不起立を指導していたのであれば、生徒の内心の自由を侵す行為で明らかに行き過ぎ」と話している。
こんなことが書かれていますが、これは内心の自由への侵害と言えるか疑問です。もっとも中学生という時期に教師による洗脳まがいが行われているのであれば、内心の自由への侵害とする余地もあるように思いますが。
いわんや、『国歌斉唱の強制は内心の自由への侵害』なんていう論調はとうてい理解できません。